1975年 DUCATI900SS(ドウカティ900SS) - 札幌市内全域を出張買取 リサイクルショップのアレイズ


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1975年 DUCATI900SS(ドウカティ900SS)

世界中にこれほど熱狂的とも言えるファンを持っているオートバイメーカーも少ないと思います。

イタリアのドゥカティは発表するオートバイのひとつひとつが強い個性と存在感を感じさせます。

ドゥカティは戦前からオートバイメーカーとして活動していたのではなく、第2次世界大戦後の1946年にオートバイ作りをスタートしたメーカーです。

当時は他のメーカーと同じようにドゥカティも積極的にレース活動を行ない、その名を確立してきました。

特に1960年代はイタリアのメーカーが日本のメーカーが台頭するまで世界の2輪グランプリを席巻していました。

レーシーなムードにあふれるドゥカティの最速モデルとして、1975年に登場したのがドゥカティ900S S(スーパースポーツ)です。


1979-Ducati-900SS-R-Side.jpg




ドゥカティ900S Sはドゥカティの顔とも言える90度L型ツインエンジンを搭載。

バルブ開閉機構にはこれまたドゥカティと切り離すことのできないデスモドロミックを採用しています。

Lツインによるスリムな仕上がり、走りに徹した無駄のないレイアウトで軽量な900S Sはドゥカティならではのすぐれた走
行性を発揮。

走り屋の高い評価と人気を集めることになったのです。

 900S SのLツインエンジンとデスモドロミック機構はどちらもドゥカティを語る上で欠かすことのできないものです。

まず、デスモドロミック機構は強制的にバルブを開閉するメカニズムです。

通常の4サイクルエンジンは吸排気バルブをカムの力によって開け、とじる時にはスプリングの反動を利用しています。

しかし、デスモドロミックの場合は開閉の両方共スプリングを使わず、カムを利用して強制的た行なうもめです。

スプリングを使った場合より無理なく高回転を得られるのも特徴のむとつで、ドカウティのエンジニア、ファビオ・タリオ一二が1954年にモーターサイクル用として開発、完成しました。

1955年にデビューしたレーシングモテPルGP125に採用され、実に15000回転以上の高回転が可能だったと言われています。

 Lツインレイアウトもドゥカティの代名詞のひとつとなっていますが、ドゥカティがLツインエンジンをデビューさせたのは1969年のこと。

90度Ⅴ型2気筒ですが前後に配置されたシリンダーの前方シリンダーが水平近くまでねかされているためL型ツインと呼ばれます。

1963年に作られたプロトタイプ「アポロ」の1260ccⅤ型4気筒エンジンがLツイン誕生のベースと言われ、スリムなしツインはドゥカティの顔となっていくのです。

 このLツインとデスモドロミックが組み合わされたのは1973年に登場した750S Sイモラレプリカから。

前年の72年イモラ200マイルレースで見事な1-2フィニッシュを演じたマシンのレプリカ版として発表され、たいへんな人気を集めたのです。

その後、排気量がアップされ、1975年、900S Sの登場となります。

DUCATI 900SS



 伝統のLツインは900SSで863.9ccとなりデスモドロミック機構装備で75馬力を発生。

走り屋のドゥカティらしく、貴高速度は215km/hを誇る高性能モデルです。

エンジンの始動はキックのみ。

セルモーターを装備することによる重量増加をきらった結果です。

 フレームはダイヤモンド型で、エンジンを剛性メンバーとして組み込んだレイアウトを取っています。

サスペンションはフロントにテレスコピックタイプ、リヤには2本のコイルダンノヾ-ユニットを装備したスイングアームサスペンションを採用。

一般的なレイアウトですが、レーサーで得たノウハウを生かして、すぐれたセッティングに仕上げられています。

また、高性能皐の走りを確実にコントロールするブレーキはフロントがダブル、リヤがシングルのトリプルディスクブレーキ。

多孔式鋳鉄ディスクにブレンポの対向ピストン型キャリノヾ-を組み合わせ、十分な制動力を発揮します。

 スタイリングも750から続いているものでスリムでシンプル。

クリップオンハンドルや前後に長いロングなガソリンタンク、フレームに取りつけられるハーフカウルでレーサームード十分です。

市販状態ではダブルシートですが、イモラシートと呼ばれるテールを丸くしぼったシングルシートを取りつけるファンも多く、このシングルシートを装備。

 多くのファンを生んだ900S SはNCRの手によってレースでも活躍。

世界耐久レース選手権で日本製ビックマシンと渡り合ったり

1978年のマン島TTレース出場して優勝するという快挙を成し遂げた。

DUCATI 900SS1




その時のライダーはマイク・へイルウッド。

マイク・へイルウッドは2輪から引退して復帰してすぐワークスホンダRCBを打ち破ったのでマン島TTレースにつめかけた観客は大興奮だったそうです。

しかも、その時にコースレコードも樹立しました。

当時の年齢が38歳だったことや当時の日本製のレーサーは圧倒的な速さを誇っていたので奇跡的でした。

しかも当時としては時代遅れになっていたリーン・ウイズ走行で。

マン島の勝利は後に900マイク・へイルウッドレプリカと言うモデルを生み出し、人気を集めました。


DUCATI 900SS2



しかし、1983年より発展型の900S2が登場。ドゥカティ最速モデルの座をゆずって惜しまれながら900SSは生産中止となりました。


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